疫学・衛生学150年史

2019/8/16

疫学・衛生学150年史

疫学・衛生学分野
旧衛生学講座[大正11(1922)年度-平成12(2000)年度],衛生学・予防医学分野[平成13(2001)年度-平成19(2007)年度],現名称[平成20(2008)年度-]
明治21(1888)年,第三高等中学校医学部の開校に伴い,初めて衛生学が本学の正規講義科目となった。大正9(1920)年には衛生学教室が竣工し,大正11(1922)年岡山医科大学に昇格したのを期に衛生学教室が新設された。
初代 緒方益雄教授(大正14年-昭和32年)
大正14年6月,細菌学講座と分離した衛生学講座に初めての主任教授として緒方益雄が就任し,名実共に衛生学教室が発足した。昭和18年第15回日本衛生学会を本学において開催。
緒方益雄教授時代の重要な研究業績は,血清学,免疫学の分野と環境衛生の分野とに大別できる。従来より広く利用されていたUhlenhuth氏法による沈降素測定値が抗体価を示すものではないことを究明した。抗体の特異性,臓器特異性に関しても数々の新しい知見を報告し,電気泳動法による血清各成分の抗体産生を証明するなど,過敏症の発生機転より抗原抗体の結合を阻止する方策を研究し,飢餓時には過敏症反応が減弱するという事実も解明した。とりわけ日本脳炎委員会の中核となって,本県および近県に流行した日本脳炎ウイルスの 新株分離に成功したことは特筆すべきである。
昭和29年本学に公衆衛生学教室が新設され,当教室の助教授であった大田原一祥が教授に就任。
第2代 大平昌彦教授(昭和32年-昭和55年)
昭和32(1957)年6月,九州大学医学部公衆衛生学講座より大平昌彦が教授に就任した。大平教授は,放射線障害とその化学的防禦に関する研究態勢を整え,組織培養法,あるいは動物実験によって,数々の新しい知見を見出した。これら放射線障害のメカニズムに対する実験的な研究に加え,生体現象としての運動負荷と放射線障害との関連についても多数報告し,更に疫学的な研究へと発展させた。三朝地域を中心とするhigh back ground における死産,悪性新生物等の発生頻度とその要因の疫学研究は,文部省からの研究助成に加え,米国NIHからも研究援助も受けて進められた。昭和42年以降のスモンの多発に対応した疫学調査,その他数多くの原因不明疾患の疫学調査にも関与し,全身性エリテマトーデス,悪性リウマチ,その他の研究班に参加し,疫学的研究の分野を拡大した。中でも「森永砒素ミルク中毒事件」については,その後の追跡調査による正確な「後遺症」を解明するため,広島大学と合同調査を行なった。その成果は被害の実態を明らかにした研究として高く評価されている。
昭和51年,第49回日本産業衛生学会総会を岡山において主催。特に職業性頚肩腕障害についてはILOのEncyclopedia on Occupational Health and Safetyに初めてOccupational Cervicobrachial Disorderの名称で取り上げられた。
大平教授は「どんな基礎的な研究であろうと,現場,第一線の実践的な活動であろうと,何れも,それが“衛生学”的であるためには,働く者の健康のためという,はっきりした目標がある筈であり,その目標に貫かれた休系的な考え方が確立されなければ,この学問の存在価値はない」との理念を掲げ多数の人財を育成。この理念は,後任の青山英康教授に受け継がれ“社会正義の学問体系”として発展し,今日の疫学・衛生学の基本哲学となっている。
第3代 青山英康教授(昭和55年-平成12年)
昭和55(1980)年4月,青山英康が助教授から教授に就任した。青山教授はJohns Hopkins 大に留学しMPH(Master of Public Health)の学位を取得。
新しい社会医学分野の「医療倫理学」,「医療経済学」,「プライマリ・ケア」,「地域医療」,「在宅ケア」を日本に根付かせた。
教授就任後,毎年多数の入局者があり,全国の衛生学・公衆衛生学関連講座の中で最大の講座となった。新設医大等の卒業生が教室の卒後臨床研修を希望し多数入局して来た。門下生から医学部教授が11名,厚労省の局長が4名,国会議員が2名,医学部以外の学部・学科の教授・助教授・講師等の教職員は数十名,厚労省以外の国内外や地方行政機関の行政官が常時数十名活躍するなど,この様な状況は全国で例を見ない。厚労省の医系技官の数は岡山大学出身者が多く,その殆どが衛生学の同門であった。
学会関係では,第67回日本産業衛生学会,第68回日本衛生学会を岡山で開催し,WONCA (World Organization of Family Doctors)や国際疫学会などの国内外で開催された国際学会の組織委員を務めた。更に,日本学術会議-地域医学及び医学教育の会員を1期3年間務めた。
国際交流の分野では6力国27名の留学生を受け入れ,帰国後は各自の母国で重要な役割を果たしている。この間に発表した著書67編(英文10編,和文57編),学術論文242編(英文36編,和文206編),報告書46編である。青山名誉教授は,「森永砒素ミルク中毒事件」の疫学調査・対応策の提言など、社会正義とその質を担保する学問体系を構築した。教え子及びその教え子は今も全世界で多数活躍中。
第4代 川上憲人教授(平成12年-17年)
平成12(2000)年7月,川上教授が着任。平成13(2001)年4月には部局化により教室を医歯学総合研究科衛生学・予防医学分野と改称。多くの大学院生が入学し,平成17(2005)年時点の大学院生数は26名。在任中には多様な疫学研究を実施し,特に大規模コホートによる職業性ストレスの健康影響,ストレス対策の介入研究が進展した。またWHO・ハーバード大学との共同研究である世界精神保健日本調査を,岡山市を含めた全国11市町村の住民を対象として実施した。これらの研究成果はJAMAを含む35編の英文原著論文として公表。平成17(2005)年8月,国際産業保健学会(ICOH)職場の組織と心理社会的要因科学委員会(WOPS)の第2回国際会議を川上教授が大会長として岡山市で開催。平成17(2005)年,東京大学医学系研究科精神保健学分野に異動。
第5代 土居弘幸教授(平成19年-31年)
土居教授は,厚生技官として保健医療行政,また世界保健機関(WHO本部)Medical Officerとしてポリオ根絶等に従事。平成19(2007)年4月,静岡県理事から着任した。青山名誉教授が重視したEvidence Based Medicine(EBM)の基盤科学である“疫学”を教室の看板として掲げ,優秀なスタッフ・院生が多数の論文をトップジャーナルに発表。国内では群を抜く実績をあげている。特に疫学理論,環境保健分野では,文字通り世界をリードする人財が育っている。ナショナルData Baseによる小児大規模コホート研究で英文20編以上の論文を発表,周産期・小児大規模コホートの構築を推進した。
平成25(2013)年,現有スタッフを中心に公衆衛生学コース(Master of Public Health Course)を開設し,疫学・臨床研究により得られた科学的根拠に基づく保健医療福祉政策の提言,その社会実装を図る人財の育成に傾注。青山名誉教授が発展させた,社会正義を貫く教室運営は,今後とも引き継がれ,中央省庁等への人財供給の中核として発展が期待される。在任中48名が大学院に在籍。

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